読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そらまめ日記

大学生・そらまめの日常メモ

投稿者が突然消えること

私が小学生の頃、ネットは調べる場所だった。何か分からないことがあるとウィンドウにその言葉を入力する。エンターキーを押すと、今よりもずっと遅い回線からゆっくりと答えが返って来た。中学生や高校生になっても、ネットはやはり調べる場所だったが、その範囲は広くなった。アーティストのPVを検索したり、新刊の発売日を確かめたり。大学生になって私はネットを情報発信の場所としても使うようになった。TwitterなどのSNSやこのブログがそうだ。同時に、他人の発信したコンテンツも見るようになった。ネットは楽しむ場所になった。


ネット上には一般人の作った様々なコンテンツがある。ブログやTwitterに限らず、絵やマンガ、音楽や動画、ゲームやアプリなどなど。制作・投稿しているのは一般の人で、コンテンツの制作は趣味であり仕事は別にあるのがほとんどだ。私はそういうコンテンツを楽しみ、お気に入りの投稿者が何人もできた。


そんな時のこと、大好きな投稿者さん*1が投稿を止めた。気づいた時には過去の投稿まで全て消されていた。辞めた理由は投稿に満足したから、生活が忙しくなったからとのことだった。お気に入りの投稿者が前触れなく姿を消す、という事態に出会うのが初めてで私はかなり落胆した。毎日更新されるその投稿がなくなってしまうと思うととても寂しく、なくなった投稿をどうにかして見られないものかと探し回った。結局、投稿や投稿者さんに通じるものは何も見つからず、目にしたのは惜しむコメントばかりだった。


数か月が経ちショックから立ち直った頃のこと。二人目の投稿者さんは炎上によって投稿を止めた。私自身はこの投稿者さんの大ファンというわけではないのだが他の投稿者さんとのコラボ作品を見ることが多く、そろそろこの投稿者さん単独の投稿も見たいと思った矢先のことだった。炎上の原因は詳しくは分からないが不運としか言いようのないもので、投稿をストップするのも不本意だったろうと思う。一人目の方が悔いなく投稿を止めたのに対して、この方のように続けたいのに続けられなくなってしまうこともあるのかと別の意味でショックを受けた。


三人目はつい最近のことだ。ほんの数か月前に知ってファンになりゆっくり更新される投稿を今か今かと待っていたが、この方も炎上により更新を停止してしまった。幸いなことに、この投稿者さんは現行シリーズの更新停止、しばらくの活動休止、別シリーズの開始を宣言しているものの、どうなるのかは本人のみの知るところだ。私は一ファンとして再開を心待ちにしている。


三人のお気に入りの投稿者さんが姿を消して、私はようやく理解したことがある。ネット上のコンテンツを楽しむ上で、投稿者が突然消えることは覚悟しなくてはならない、ということだ。投稿者はあくまでも趣味でコンテンツを作成しており、仕事や日常生活は別の場所にある。つまり、仕事や日常を脅かされたり、そうでなくても単純にコンテンツ作成に飽きたら姿を消してしまう。そこには何の責任も存在しない。


小学生の頃、私はあるシリーズ本にはまっていた。その作者さんは高齢だったので、病気でシリーズ連載が止まってしまったらどうしよう、と考えたことがあった。作者さんは今でもご健在でありシリーズも無事に完結しているので、全くもって失礼な心配である。この時、私は病気による未完結は考えたものの、作者が突然に引退して未完結になることを少しも想像してみることはなかった。それは作家という職業の人が出版社という会社を通して世に出している作品だからだ。読者は作品を買い求め作家や出版社はそのお金をもとに利益を得ているという構造では、理由の無い未完結は作家にも出版社にも大きな痛手だ。


それに対して、ネット上のコンテンツ(一般人が無料で公開・配布しているコンテンツ)には読者と作家・出版社にあるようなお金の関係は無い。それは投稿者にとって参入しやすく、自由な発想で投稿できる環境だ。しかし、コンテンツを楽しむ者にとって投稿者が突然辞めてしまうことを覚悟しなければならない理由でもある。


そんなことを考えた私は一番大好きな投稿者さんが突然投稿を止めてしまうことを想像した。もしそのような事態が起きた時、いくら覚悟していても落胆してしまうだろう。あるはずもない新しい投稿を楽しみにしてしまうだろう。そして、二度とその投稿が見られないと分かり悲しむだろう。私にはお気に入りの投稿者さんが何人もいる。その人数分だけ投稿が止まることを覚悟しなければいけないということだ。ネット上のコンテンツとは不安定なものだと理解しなければいけないということだ。


もちろん、コンテンツを楽しむ者として投稿にコメントをつけたり、いいねボタンを押したりして投稿者を応援することは可能だ。投稿者が辞めることを躊躇する直接的、あるいは間接的なストッパーになることもありうるだろう。しかし、お金のやり取りが発生せずお互いの顔も見えないという特徴のコンテンツでは決して辞めようという投稿者を引き留めることはできない。


だから、投稿者が突然辞めることを私は覚悟しなければならないのだ。

*1:投稿を停止したお気に入りの投稿者さん三人について例を挙げていますが、その方たちのお名前を出すことは差し控えます。この記事は投稿者と視聴者・閲覧者の関係について考察するためのもので、特定のお名前で検索にかかることを回避するためです。どういったジャンルか分からないのは記事の正確性を落とすとは思いますがご容赦くだざい。